
担当者が回想する『海のむこうで』
『海のむこうで』の翻訳を、誰にお願いしようかと考えていたとき、誰ということではないのですが、こういう女性がいいという理想のイメージがありました。それは、彼女の文章の奥にある気持ちのようなものを、同じ感覚で受けとれる人。共感できて、清潔で、素直で、でも芯があって、大胆な冒険だって厭わないし、怒ることだって出来る人。そして、すこしだけ孤独をまとっているような人。そんな人でなければ、ゴフスタインの本は、しっくりこないと思いました。
そんなことを考えていたら、「石田ゆり子さん」の名前が浮かびました。女優さんとしても声優としても自立した方ですが、まだ翻訳を手がけたことはありません。ですから翻訳は、石田さんにとっても新しい冒険になります。お互いにとっての冒険、それが私たちが求めていることでした。
すぐに、石田さんの事務所にコンタクトして、その後しばらく落ち着かない日々を過ごしました。「やってみたい」という声が返ってきたときは、事務所のみんな全員で飛び上がりました。
いくつかの絵本の中からお選びいただいたのが、この『海のむこうで』でした。やっぱりこれがいちばん似合う気がしていたので、自分が選ばれたようにうれしかった。
翻訳作業がはじまったのは、2020年の夏ごろ。コロナの真っ只中で、直接会うことはできず、やりとりはほとんどメールでした。
そんな中、最初に届いた翻訳の原稿は、思いがけず「手書き」でした。
ノートではなく、かわいらしい日めくりカレンダーの紙をそのまま使って、力強い筆跡で、リズムのある文字が書かれていました。試行錯誤の跡が残るカレンダーからは、言葉に向き合った時間が伝わってきました。
そのあと、ようやく事務所でお会いすることができて、みんなでお昼を食べました(じつはその時が、はじめての対面での「打ち合わせ」でした)。初対面でこちらはコチコチに緊張していましたが、石田さんは静かで、凛としていて、翻訳の細かなニュアンスについても、おだやかに、でもしっかりと意見を言ってくださって、一緒に言葉について話す時間は、絵本の中に入って話しているようでした。
書いていただいた「あとがき」には、こんなふうに書かれていました。
「できるだけ嘘をつかない。邪魔をしない。できるだけ素直に訳すようにしました。」
その言葉が、この一冊のすべてを表しているように思います。この「あとがき」を読んだゴフスタインさんの旦那さんから、すごく感動したと連絡をいただいて、これで全てがきれいに終わった、と感じました。
『海のむこうで』担当K