ゴフスタインの絵本を出すという楽しみには、BOXセットを出すという楽しみがある。絵本を出すたびにBOXを作ってきた。今回のBOXセットは未発表作品集『人形と話す』(原題:CONVERSATIONS of a DOLL)が同梱される。これはBOXセットのみで購入できるので、すでに『おさかなごはん』をお持ちの方も『人形と話す』を手に入れるにはBOXセットを買っていただくしかないのです。ごめんなさい。でも、『おさかなごはん』は噂が噂を呼んですぐに増刷したくらいすっごくいい本だから、お友達にプレゼントしたって喜ばれるし、ご自分の永久保管用にもう1冊いかが、とご提案したい。
では、その未発表作品集『人形と話す』について。
まず、旦那さまのデビッドさんがこの頃の思い出を書いてくださった文章を読んでほしい。
「おさかなごはん」の思い出をよむ
それによると『人形と話す』は写真と木彫り人形で新しい表現を目指していたゴフスタインがその実験の過程で生み出したもので、最終的に彼女は絵で描くほうがいいと判断してこの本をお蔵入りにした。でも彼女は写真を使って本を作ることに関しては生涯にわたって意欲を持ち続け、この本はその最初の本格的な試みだった。完全に出版が意識されていて手作りのダミー本まで作られており、今回の『人形と話す』はそれを再現したもので、糊で貼り付けたテキストの風合いもそのまま残した。作者が最終的には手放した企画とはいえ、デビットさんが言うようにゴフスタインの創作の芯にある深い部分に触れることができる。往々にして未発表作品というものは完成品では表れない作者の意図や格闘の過程が垣間見られるものだ。その意味でも興味が尽きない。
この本のテキストは、まるで詩のようなスタイルで書かれていて、いつものゴフスタインより更に内面的な文章だ。写真と詩によって作られた『人形と話す』は、ゴフスタインという作家に、現代美術的な側面が強くあることを再認識させる。彼女は今なら、絶対に現代美術のフィールドでも活動していたに違いない。もしかしたら現代美術は、絵本という表現形態に飽きたらず葛藤していた彼女を、少しは楽にしてくれたかもしれないのだ。この本は、彼女が他の絵本作家とはあまりに違っているということに改めて気づかせてくれる。
原本となる『CONVERSATIONS of a DOLL』には3つの話が収録されているが、今回はそこから『おさかなごはん』の変奏曲のような2つの作品を収録した。最初のお話『ナチュラルドール』では、主人公は木の人形で、お気に入りの家具と愛犬と暮らす一人暮らしの快適さを満喫しているが、そこを出て野外で暮らしたいという夢がある。自然の中で季節の移り変わりを感じながら暮らすのだ。現代的な便利な生活を手放していけば、本当の快適を見つけられる。地面に横になって石を枕にすれば、揺り椅子なんかよりずっとワクワクするはずだ。でも私は木製だし、犬を連れていけないのは何より辛いよねえ~というところでお話は終わる。
この物語の理想は空想をさまよい続けているけれど、『おさかなごはん』のおばあちゃんの日常の中には実践可能な地についた理想がある。おばあちゃんは内と外の2つの世界を快適に行き来して暮らしている。おばあちゃんは自然の中で生きる快適を長い時間をかけて発見したのだ。『ナチュラルドール』は、まるで『おさかなごはん』のおばあちゃんが子供の頃に夢で見たようなお話なのだ。
ゴフスタインは一人で生きることに対してずっと憧れがあったのかもしれない。あるいは、彼女は常に一人で生きているように生きていたのだと思う。どちらにせよ、「一人」ということが常に意識されていた。ゴフスタインの作品の中の二人以上の人間との関係のベースにあるのは、人間は一人だという認識だ。一人と一人がつながる。それは孤独感や疎外感とは全く関係なく、それは「天然自然」と同等に捉えられている。自然は孤独でありながら全てとつながっている。孤独であること、つまり一人であることは、そもそも自由であるということの成立条件であるのだ。
もう1つのお話『ハッピードール』は、船に乗ることになった私の船上体験記だ。船に乗ることがどんなにスピリチュアルで特別な体験であるかをつぶやいている。こちらも読者はすぐに『おさかなごはん』でボートを漕ぐおばあちゃんを思い起こすだろう。おばあちゃんが日がな一日水の上にいる感覚は、ここで書かれていることと共振する。水の上がいかに身体を癒すのか、それがいかに音と揺れと空気で、人間は天然素材の一部であると実感させるのか。死と宇宙と羊水の浮かんでいた頃の私たちをつなぐところ、地に足のつかない浮遊した故郷。そしていかに、それが幸福そのものとつながるのか。『ハッピードール』は、『おさかなごはん』のおばあちゃんが今でも見ている夢なのだ。
『人形と話す』の2つのお話は、『おさかなごはん』を作り出す背景のように存在しながら、ゴフスタインの全ての作品に通底する奥深くに仕舞われた思い出のようだ。
MS(トンカチ)
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