
おせっかいと言わないで。
あるいは、レスター・バングス読書の手引
レスター・バングス著作集『サイコティック・リアクションズ・アンド・キャブレター・ダング』が刊行されて1ヶ月たった。アメリカでオリジナルが出たのがレスターの死後5年が経過した1987年。それから約40年近くして待望の(誰が待望してたって?)日本語版が出たが、皆さん、ちゃんと読んだかな~。放りだしてしまったんじゃないかと心配している。
この本はいわくつきで、翻訳者の奥田さんだって放りだしそうになったし、企画側のこっちだって何度も放りだしそうになった。そもそも、こんな本を今頃出す意味があるのか、何度もわからなくなった。今までいろいろな商品を作って世に出してきたが、どんなものも、出してしばらくすると、その商品たちがどんな具合でやってるか、便りはなくてもわかるものだ。しかし、なんかこの本の場合、あまり物音がしない。そこで、もしかしたら皆さん、あまりの分厚さと最初のテキストのわけわからなさで、とっくに放り出したんじゃなかろうかと危惧しておるのじゃ。でも、待ってくれ!まだ放り出すのは早い!メルカリは待ってくれるから、今一度、騙されたと思って、このじいさまの言うことを聞いておくれ。
ということで、出版から1ヶ月たったのでミソギがすんだとして、余計なおせっかいをさせてください。この本の中で、普通の頭で読んで普通に理解できる部分は実は結構ある。それを独断と偏見で選び、読む順番まで含めて「おせっかい」させてもらう。
まず最初に「まえがき」を飛ばさずに読んでほしい。その次に一気に飛ばしてジムさん(レスターの伝記作家)が書いてくれた日本版だけの「解説」を読んでほしい。最初に前情報を入れちまうという、あまりスマートじゃないやり方だが、書かれてから50年経ってる文章、知りもしない音楽について書かれてるんだから、ちょっと情報入れていこうよ、ってことだ。
p7:まえがきと謝辞
p645:教授の覚書
あなたがここでもうお腹がいっぱいになって放りだしたくなっても、ちょっと待ってくれ。それじゃあ5000円も出したカイがないので、せめて本文を3つくらい読んでくれ。
p366
エルヴィスが死んだとききみはどこにいた?
→ここにはボロボロのエルヴィス、パフォーマーとして最低のモラルしかないエルヴィスと、他のアーチストでは決してたどり着けない孤高のエルヴィスが描かれている。15年間ロクなレコードを作ってこなかった太り過ぎのエルヴィスのコンサートに、なぜレスターは衝撃を受けるのか。芸事は一筋縄ではいかない。
p513
ジョン・レノンについて考えられないことを考える
→ミュージシャンについて考えることは、そのファンについて考えることだ、というのをこの文章ではじめて知った。この短いテキストがあれば、分厚いジョン・レノン論も伝記もいらないような気がする。レスターはそんなことができる。
p194
ジョン・コルトレーンは生きている
→ジャズやブルースという音楽は全部こーいうことだと、その本質が書かれているように思う。
ここまで読んでおもろいなと思ったらさらに3つ
p278
ク・ラ・フ・ト・ワ・―・ク・ト・ク・シ・ュ・ウ
→テクノの元祖クラフトワークにまつわる、すごく愉快なレポート。愉快であるというのがテクノなんだよな。
p535
PILの《メタルボックス》に関する覚書より
→レスターの直球なロック論。私はメタルボックスをリアルタイムで聞いて好きだったが、この文書を読むと、もっと好きになった。英語ができない自分は、ほぼサウンドだけで音楽を聞いてきたが、それはハンデとは思っていない。言葉がわからない子どもに伝わってないことなんてないからだ。しかし、レスターの言葉は、音楽のコアの部分を取り出して、リマスターして補強する。解説や解読じゃないのだ。
p54
アストラル・ウィークス
→私は長年、この名盤がよくわからなかった。けれど、これまたレスターの文を読んだら急に音楽が入ってくるようになった(最近だよ!)。アナタが、もし『アストラル・ウィークス』を聞いたことがないなら、この作品からレスターが死んだ1982年までのヴァン・モリソンを、できたら対訳付きの歌詞を見ながら聞いてみてほしい。レスターの文章は、その歌の世界をさらに遠くまで連れて行く。あなたは随分離れたところから歌を眺めることができるのだ。レスターはそんなことができる。
ここまで来て、君がまだ本を手にしているなら、もう一回、最初の「まえがき」と最後の「教授の覚書」を読んで、レスターってやつがど~いうやつかもう一度心にとめてから後は好きにやってくれ。ずっと読んでいると、頭がバカになりそうなので、休み休み読んでくれ。
なお、対象になっている音楽をかけながら読んでもいいのだけれど、何もかけないで読むと、どんな音楽なんだろうと想像して楽しかったりする。また、まったく違う音楽をかけながら読んでると、まるでその音楽について書いているように思えたりする。そして、そもそもそれが音楽の話だったのか、何だったのかわからなくなる。レスターはそんなことができるのだ。