ゴフスタインの本は読むたびに違う本になる。『私とお隣さん』も、以前読んだときと、今回、本を作りながら読んでいるときでは、全く違った本になった。彼女の本の登場人物は、いつも相手を注意深く観察しながら、そこに見える自分の影を確認しながら進む。影のカタチも色も、太陽の具合によって変わるから、読者には毎回違って見える。同じ影はないのだ。


『私とお隣さん』の仕事が終わりに近づいて、印刷所ではガタガタと本が刷られている頃、椅子に座ってココアを飲んでいると、私の中で、もう1つの『私とお隣さん』がはじまった。


私の『私とお隣さん』。

秋になって、ずっと空き家になっていたお隣に人が越してきた。


お隣さんは、心に傷をもっている。何かがあって、ここに一人で引っ越してきた。引っ越しトラックに手を振る彼女の姿を見て以来、私は彼女のことが気になってしょうがない。


私は数年前にここにやって来た。もともと社交的でない私は、ここ数年、ほとんど他人と言葉を交わしてなかった。お隣がずっと空き家だったことは私をほっとさせてきたけど、ついに新しいお隣さんがやってきたのだ。


お隣さんが来たらすぐに挨拶にいく、私は誰かが越してくるとわかったときから、そう決心していた。でもいざ出かける時に、突然、作ったこともないパイを作り始めた。私は時間を稼いでいたのだ。お隣さんの家に飛び込む決心がつくまで、生地をこねながら無心になって気持ちを落ち着かせていたのだ。


彼女は素敵な人だった。そして寂しそうで、けれど暖かな人だった。彼女の話しを聞きながら、私は心地よさと疲れで眠くなってきた。こんなやすらぎを感じたのは久しぶりだったけど、私は持って来たパイを一緒に食べずに置いて帰った。彼女には一人の時間が必要に思えた。そして私にも。


その後もお隣さんを見かけると挨拶をしたけれど、お隣さんはほとんど外に出てこなかった。それからの私は、窓からお隣さんの様子を覗うことが日課になった。彼女の気配がする時や、庭にいるのを見かけた時は嬉しくて一日がキラキラした。

冬になって、お隣さんが雪かきをしているのを発見した。めったに外に出て来ない彼女がシャベルを持って活発に働いている。私は慌てて外に飛び出して、雪かきを始めた。彼女と話して、打ち解ける最大のチャンスが遂に来た。けれど、彼女はさっさと仕事を終えて、家の中に入ってしまった。私は思い切って声を掛けたが声は届かず、バタンという乾いたドアの音だけが雪に吸い込まれていった。私は悲しくなった。私はいつもこうだった。あのときも、あのときも、こうだった。私はいつも空回って、私の思いは誰にも届かない。私は雪かきさえも満足にできないじゃないか。涙が止めどもなく溢れてきて、雪に無数の穴を空けた。夜、暖炉の前に座って、お隣さんのことを考えた。

春が来た。お隣さんと外で言葉を交わす機会も少しずつ増えてきた。暖かくなったから、私の家に招待したい、と思った。その前に簡単に片付けるはずが、本格的な大掃除になった。私は掃除をすることで、また時間をかせいでいた。お隣さんをどう誘って良いのかわからなかったのだ。そもそも、迷惑かもしれない。私のことをよく思ってないかもしれない。私はなかなか踏み出せなかった。


そんな時、玄関のベルが鳴った。誰ですかと低いトーンで応えた。ドアの前にはライラックの花を手にしたお隣さんが立っていた。私はすっかり混乱して舞い上げってしまった。花を受け取って、立ち話をしただけで、お茶も出さずに帰してしまったのだ。ああ、なんてこと!その日は、自分の間抜け具合にほとほと嫌気がさしてなかなか眠れなかった。私はいつだってこうなのだ。

夏になっていた。

私には、もうすぐこの土地を離れなければいけない事情ができていた。その前に、お隣さんと話がしたかった。それをせずにここを去ってはいけない気がしていた。お隣さんの庭にはボウルが4つ置かれている。それはウサギのためだと知っていたけれど、拾い集めて彼女の家に向かった。私にはドアをノックするために助けが必要なのだ。「これ、あなたのでしょ?忘れてたわよ」彼女は何もかもわかっていたように、優しく私を受け入れた。


一緒に朝ごはんを食べて、様々なことについて話した。堰を切ったように言葉が溢れ出てきた。お互いの今までのこと、悲しかったこと、嬉しかったこと、少し元気になってきたけど、まだ時間が必要なこと。いろいろな話をした。私は、意を決して言った。来年の冬に雪かきの後で一緒にココアを飲みましょう。それは私に出来る最も大きな、全世界を根底から変えてしまうような提案だった。来年も再来年も私たちはかわりばんこにお互いの家でココアを飲むのだ。私はずっとここにいて、それはずっと続いていく。そんな気持になって、私はとても幸せだった。


1つの『私とお隣さん』が終わると、また次の『私とお隣さん』がはじまる。影はいつも似ているけれど、同じではない。


トンカチ H.O

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