【クレモンティーヌへの手紙】
2022年8月下旬、トンカチはクレモンティーヌへメールを送った。まず最初にトンカチからの感想文を(これは我々が彼女の展覧会を通して人々に伝えたいことでもある)、次に彼女へ3つの質問を送った。これらは日本での初個展に向けて、お互いのチューニングを合わすような意味でおこなわれた。
あなたは、作品を作ることによって、人間の「複雑さ」や「矛盾」について表現しようとしている。人間の複雑な矛盾とは、つまり、人間という存在は無限に詩的な世界を創り出す能力を持っていながら、実に愚かな判断をし、愚かな考えに取り憑かれ続けている、ということだ。あなたの作品の動物や少女は、全てあなたの分身である。動物や少女が生きている世界は、善悪が調和した「正しい」「詩的な」世界である。あなたはその「正しい」物語の中に生きていながら、その物語の中にノイズ(=敵)としても存在している。あなたは「正しい」物語の中に「正しくない」存在としても生きている。あなたが作品にした少女が、私達の「詩的に生きる能力」の象徴であるなら、その少女が憎んでいるもの、敵として認識しているもの、あなたの動物たちの安全を脅かそうとしているもの、それらは「邪悪な人間の象徴」であり、あなた自身である。
あなたはひとつの作品の中で、これら2つの物語を同時に語りだすことで、見る人に複雑な感情を呼び起こす。おとぎ話と殺人事件のニュース記事を同時にしゃべりはじめるような感覚だ。あなたにはこの入れ子になった物語、二重写しになった物語の中に、登場するべき役者を注意深くキャスティングしてきた。それらは、カラフルな蛇、水晶の角、亜鉛メッキの花、隕石、狐、仮面、ヒキガエル、ワニ、などなどだ。
あなたは新しい物語のために、新しい「語彙」を手に入れた。それは、大人に敵意を持った、あるいは「正しくない」物語に敵意を持った、永遠の少女と、その親衛隊だ。あなたの物語には、常にそれらがキャスティングされ、終わらない物語が、決して聞き取れない語り口で繰り返される。
あなたは、これらに心理学的にアプローチしようとしている。ロールシャッハ・テストのように、見る人によって理解が異なる「語彙」を見せながら、快と不快を織り交ぜて、不安の本質に触れさせようとしている。感情を揺さぶり、見る人に自分自身の「純粋」と、自分自身の「宿敵」を同時に体験させようとしている。
そして、そこから我々が感じるのは、1周まわったあとの、「ヒューマニズム」と「人間性に対する信頼」だ。あなたの作品は全く絶望的でなく、あなたは物語の力を信じていると感じるのだ。
【クレモンティーヌへの3つの質問】
TK:両親からどんな影響を受けましたか。
私の両親は俳優でした。そこでは、たくさんの人々が集まり、たくさんの音楽とダンス、とてつもなく大きなセット、たくさんの小道具で、劇が作られていました。私はそこから、色とりどりのバイブレーションとエネルギーが吹き出す様を、幼児の頃からずっと見ていたのです。劇の向こう側には見えない何かがある、それは内なる世界へ開かれた扉であるのだと理解していました。私にとって、それは特別なことではなく、世界から受信したエネルギーへの私からの応答のようなものでした。私は一日中絵を描いているような子供だったので、その時すでに、内なる場所にどっぷりと浸かっていたのです。
TK:あなたの幼少時から、祖父母(世界的に有名な彫刻家)のアトリエで過ごすことが多かったと聞いています。つまり、どこかに連れて行かれそうな作品が並ぶ異界の中で、あなたは精神を育んできたといえます。そのことは、あなたにどう影響を与えているのでしょうか。
もちろん、彼らの作品は私に大きな影響を与えてきたし、今でもそうです。フランソワは動物を、クロードは花や枝を彫っていました。私もこの2つのテーマを使いますが、加えて、祖父母があまり使わなかった人間をよく登場させます。祖父母の巨大な遺産を継承していくことことは簡単ではありません。しかし、私は彼らの遺産から、自分自身の「筆跡」を手に入れたのだ、と思っています。とはいえ、クロードとフランソワは、あまりに個性的で、魅惑的で、しばしばユーモラスな方法で、見る者をあなたの言うような別の場所に連れ去ります。彼らが私に教えてくれたのは、自分独自の「ねじれた視点」で世界を見よ、ということです。まさに全ての芸術の勘所はそこだと思うのです。
TK:あなたの作品が現在のような形になるまで、どんな変化があったのか、教えてください。
私は、人間の自己同一性や、その心理を表現する、個人的で、かつ正確な方法がないかと探し続けています。あなたがロールシャッハ・テストと言いましたが、まさにそれです。私は特定の何かを思い出させる形やシンボルを組み合わせています。そして見る人が、これらのシンボルについて自分の言葉で再解釈することを期待しています。それは、単に動物に囲まれた少女ではなく、喪失、不安、信仰、フェミニズム、エコロジー、集団性、強さ、親切、などについての途切れのないメタファーなのです。
【お知らせ】
トンカチのニュー・アーチストはパリを拠点に現代アートの領域で活動するクレモンティーヌ・ドゥ・シャバネクス。ギャラリー「のこぎり」にて2022年9月9日(金)より日本初の個展を開催。オンラインでも作品販売を行います。